こんにちは、「さかみちライフ」です。
頭の中の“ぐるぐる”を整理するために、このブログで日々のことを書いています。
双極性感情障害の当事者として、就労B型に通いながら、社会復帰を目指す日々を送っています。
「治りますか?」
この言葉を、これまで何度聞いてきただろうと思います。病院でも、制度の説明でも、そしてときどき善意の会話の中でも。私はそのたびに、少しだけ背中がこわばるのを感じてきました。
“治る”という言葉は、まっすぐで、分かりやすくて、希望の形をしているように見えます。でも私の身体にその言葉を置くと、なぜかうまく収まりません。どこかが浮いて、息が浅くなる感じがします。
双極性感情障害と診断されてから、時間はゆっくり進みました。調子のいい日もあれば、世界の色が一段階落ちる日もあります。睡眠が整ったと思ったら、数日後にはまた崩れる。そういう波の中で、「治るかどうか」をゴールにしてしまうと、私はいつも途中で立ち尽くしてしまいました。
今は、「どう生きていくか」という問いのほうが、少しだけ手触りがあります。朝起きて、今日は外に出られそうか、音がつらくないか、体が重すぎないかを確かめる。就労B型に向かう道で、季節の匂いを吸い込む。それだけで一日が終わる日もあります🍃
それでも、「生きていく」という言葉は、私にとって無理のない希望です。完璧を目指さなくていいし、一直線じゃなくていい。立ち止まっても、戻っても、そのままでもいい。その前提があるだけで、肩の力が少し抜けます。
以前の私は、「回復=元通りになること」だと思っていました。でも今は、元通りにならなくても、生きやすい形を探していいのだと感じています。気分の波がある自分、疲れやすい自分、社会参加に時間がかかる自分。その全部を抱えたまま、今日をやり過ごす。それも立派な“続いている”状態なのだと思います。
制度や支援の話になると、どうしても段階や目標が並びます。一般就労、安定、再発防止。どれも大切だけれど、その言葉の間にある、名もない日々の感覚は、なかなか拾われません。私はその隙間で、コーヒーを飲んだり、布団から出られなかったりしながら、静かに時間を重ねています☕️
「治る」という希望が合う人も、もちろんいると思います。でも少なくとも今の私は、「生きていく」という言葉のほうが、足元を照らしてくれます。遠くを照らす強い光じゃなくて、夜道を歩くための小さな灯りみたいなものです。
回復の途中にいる今、私は未来を大きく描いていません。ただ、今日を終えて、また明日が来る。その繰り返しの中で、少しずつ自分の輪郭を確かめています。「治らなくても、生きていていい」そう思える瞬間が、希望なのかもしれません。
今は、そんな場所に立っています。