こんにちは、「さかみちライフ」です。
頭の中の“ぐるぐる”を整理するために、このブログで日々のことを書いています。
双極性感情障害の当事者として、就労B型に通いながら、社会復帰を目指す日々を送っています。
通院の帰り道を歩いているとき、私はときどき、自分がずいぶん「自由な場所」に立っているな、と感じます。薬の種類も、量も、飲む時間も、生活の組み立て方も、医師と相談しながら決められる。昔の精神医療の話を知るほど、そのことははっきりします。決められた道を進むしかなかった時代に比べて、今の私は分かれ道の前に立たされている、そんな感覚です。
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この自由は、確かにありがたいものです。勝手に決められない安心感があって、「あなたはどうしたいですか」と聞かれること自体が、ひとつの尊重だと感じています。自分の体調や感覚を言葉にし、それが治療に反映される可能性があるというのは、以前なら考えにくかったことだと思います。
でもその一方で、自由は静かな孤独も連れてきました。選べる、ということは、選んだ結果を引き受ける時間が増える、ということでもあります。薬を少し減らしてみた週、朝は軽く起きられたのに、夕方になると気分がざわついて落ち着かなくなる。逆に量を戻すと、今度は身体が重くなって、就労B型の作業中に時計ばかり気になってしまう。どちらが正解なのか、その場では分からないまま、感覚だけを抱えて過ごします。
「どう思いますか」「どちらを選びますか」と聞かれるたび、答えを探して自分の内側を覗き込みます。でも、はっきりした言葉が見つからない日も多い。その分からなさの中に、ひとりで立っている感じがあって、それが私にとっての孤独なのかもしれません。
睡眠のことも同じです。眠れるようにする方法は、たくさん提示されます。生活リズム、光の調整、薬の工夫。頭では理解しているのに、夜になると目が冴えて、天井を見つめている時間があります🌙 うまくいかない理由を、すべて自分で管理している感覚になると、心が少し冷えるような気がします。
制度や支援が整ってきたことも、医療の進歩のひとつだと思います。就労B型という場所があって、「今日は少なめでもいい」と言ってもらえる環境がある。そのおかげで、私の生活は確実につながっています。ただ、制度が整っても、気分の波の感触や、理由のはっきりしない落ち込みを、完全に共有できるわけではありません。最終的にそれを体で引き受けるのは、やっぱり私ひとりです。
医療の進歩がくれた自由は、「自分の人生に関わる権利」を私に渡してくれました。同時に、その人生をどう扱うかを、毎日問い直す時間も与えています。その問いの前で、誰とも話さずに立っている瞬間が、孤独として立ち上がってくることがあります。
それでも今は、その孤独を急いで埋めなくてもいいのかな、と思っています。分からないまま考えている時間も、選べる時代に生きている証のような気がするからです。診察室を出て、処方箋をポケットに入れ、外の空気を吸う。そのとき私は、自由と孤独の両方を同時に持って歩いています🚶♀️ 重さは日によって違うけれど、どちらも今の私の現実です。
今日は、そんな感覚をそのまま書いてみました。また気分の波が動いたら、見え方も変わると思います。その変化ごと、今ここで生きている私の感触として、そっと置いておこうと思います🌱