こんにちは、「さかみちライフ」です。
頭の中の“ぐるぐる”を整理するために、このブログで日々のことを書いています。
双極性感情障害の当事者として、就労B型に通いながら、社会復帰を目指す日々を送っています。
精神疾患を抱えて生きていると、「語らないこと」が当たり前だった時代の名残りを今も感じることがあります。言えば誤解されるかもしれない、心配ではなく偏見の目で見られるかもしれない、職場で不利になるかもしれない――そんな理由から、当事者は長い間、沈黙するしかありませんでした。私自身、病名を打ち明ける勇気が出ず、ひとりで抱え込んだ時間がとても長くありました。
けれど近年、少しずつ空気が変わってきました。当事者自身が自分の言葉で発信する時代へと移り、SNSやブログ、動画など、声を出せる場が広がっています。そこには、“理解してほしい”という願いだけでなく、“つながりたい”“共に生きたい”という想いが込められているように思います。
当事者の発信には特別な力があります。それは、専門家の説明とは違う、経験から生まれた言葉だからです。波に揺れる日々の苦しみ、体調の変化の怖さ、人との距離感の難しさ、そして小さな回復の喜び。そうした実感は、教科書には書かれていません。当事者が語らなければ知ることができない領域です。
私自身、他の当事者の発信に何度も救われてきました。「こんなふうに感じるのは自分だけじゃないんだ」と知るだけで胸がほどけるような気持ちになり、孤独が少し薄まります。だからこそ、今度は自分が誰かの心の負担を少し軽くできたらいいと感じています。
しかし、当事者が発信することは簡単ではありません。勇気が必要です。周囲にどう思われるかを考えると、言葉が喉の奥で止まる日もあります。理解してくれる人ばかりではないからです。誤解を恐れて何度も文章を書き直したこともあります。この病気と共に生きる自分を世の中へ出すという行為は、それだけで大きな決断なのです。
それでも発信を続ける理由は、“沈黙では変わらないものがある”と感じているからです。病気の理解は、医療制度や心理学の知識だけでは広がりません。当事者の言葉が届くことで、初めて「誰の身にも起こりうるもの」として実感が生まれます。メンタルヘルスに対する社会の態度がゆっくり変わり始めたのは、多くの当事者が少しずつ声をあげ始めたことと無関係ではありません。
発信とは、大声で主張することではありません。
自分の経験を、無理のない範囲で、誠実に置いていくこと。
そして、誰かがその言葉を必要としてくれる時に、そっと手を差し伸べるように届くものだと思います。
私がこのブログを書いているのも、誰かを導くためではありません。むしろ、対話の入り口をつくるためです。当事者同士の対話、当事者と家族の対話、当事者と社会の対話。沈黙のままでは生まれなかった関係が、たったひとつの文章をきっかけに生まれることがあります。
発信を続けていると、自分自身の理解も深まります。言葉にすることで、自分がどんな波を経験しているのか、どう向き合っているのかが見えてきます。文章を書くことは、治療の一部といえるほどの自己整理の作業でもあります。発信とは、他者に向けた行為であると同時に、自分を回復へ導く行為でもあるのです。
そして何より、発信には「世界に自分の居場所をつくる」意味があります。社会の中で理解されないと感じる時、自分の存在が無色透明になってしまうような孤独に襲われます。しかし、言葉を置いていくことで、確かに“ここに生きている”という実感が戻ってきます。当事者が自分のストーリーを語るという行為は、失われた自尊心を取り戻す静かなプロセスでもあります。
沈黙から対話へ。この変化は、決して派手ではありません。けれど、とても力強いものです。当事者が声を上げられる社会は、誰もが安心して弱さを抱えられる社会でもあります。その未来に向けて、私もまた、小さな声を積み重ねていきたいと思います。