こんにちは、「さかみちライフ」です。
頭の中の“ぐるぐる”を整理するために、このブログで日々のことを書いています。
双極性感情障害の当事者として、就労B型に通いながら、社会復帰を目指す日々を送っています。
再発という言葉には、独特の重さがあります。
病気の名前を聞くよりも、症状そのものを思い出すよりも、「またあの状態に戻るかもしれない」という不安の方がずっと大きく胸の奥に沈んでいきます。どれだけ安定した日が続いていても、その影はどこかに残っていて、ふとした瞬間に思い出してしまう。眠りが浅かった日、理由もなく落ち込む朝、突然の高揚感。体の奥底で「これは…?」と身構えてしまう。その緊張は、当事者であれば誰もが経験しているはずです。
私も長い間、再発を恐れて生きてきました。
安定した時期が続くほど、それを失うことが怖くなる。元気な自分が戻ってくるのはうれしいのに、同時に、その元気さが「行き過ぎなのでは?」と不安を呼び込んでしまうこともありました。双極性障害の“波”を知っているからこそ、ちょっとした気分の変化にも敏感になり、胸がざわついてしまうのです。
しかし、再発への恐怖が大きくなりすぎると、毎日の生活そのものが緊張に包まれます。
「この楽しさは危険の兆候では?」
「今日は落ちている…これは再発の始まり?」
そんなふうに自分の気持ちを監視し続けていると、心は休む場所を失ってしまいます。
本来、波の変化はすべて“警報”ではありません。天気と同じように揺れ動くのが、双極性の特徴です。
私はあるとき、支援員の方にこう言われたことがあります。
「再発は“突然起きる事故”ではなく、“少しずつ形になる変化”なんですよ」
その言葉を聞いたとき、肩から力が抜けるような感覚がありました。
再発とは、ある日いきなり落雷のように訪れるものではありません。少しずつ体調の変化が積み重なって、気づけば症状として現れている。それなら、「変化に気づけること」そのものが、すでに防波堤になっているのだと理解できました。
体調の変化に気づけるのは、恐怖ではなく“力”です。
再発を恐れすぎると、その変化を敵のように扱ってしまう。でも、本当は自分を守るためのサインです。眠れない日が続いた、急に気分が上がりすぎている、食欲がなくなった、涙が出やすい。どれも「危険そのもの」ではなく、「軌道を調整するタイミングだよ」という合図なのです。
さらに言えば、再発したとしても、それは「人生の終わり」ではありません。
双極性障害は、再発をゼロにする病気ではありません。波があることが自然であり、生きていくうちにどうしても揺れる時期は訪れます。でも、波が来ることは“失敗”ではなく、“病気の仕組みが働いている”というだけです。
治療を続けていれば、戻る道は必ずあります。支援者との関係があるほど、戻る速度は速くなります。
私は何度も波に飲まれてきましたが、そのたびに戻ってこられました。
戻ってこられた回数が増えるたびに、「再発しても、また戻れる」という確信が少しずつ育ってきました。恐怖が完全に消えるわけではありません。でも、「大丈夫だった経験」は確実に心を支えてくれます。再発の恐怖を完全に消そうとする必要もありません。恐怖は消えなくても、恐怖と一緒に生きる力は育っていきます。
ここまで書いてきて思うのは、再発への恐怖を少し軽くする方法は、実はとてもシンプルだということです。
・早く寝る
・薬を飲む
・記録を付ける
・不調の気配を言葉にする
・誰かに相談する
どれも特別なことではありません。でも、この「地味な積み重ね」が、波を浅くし、急な落ち込みを防ぎ、再発の頻度を大きく下げてくれます。
何より大切なのは、「再発を恐れすぎないこと」そのものです。
恐れが大きすぎると、日々の生活が小さく縮こまってしまいます。波の変化を敵だと思うと、体も心も固くなり、逆に調子を崩しやすくなる。でも、波を“自分の一部”として捉えられるようになると、再発への恐怖は少しずつ穏やかになっていきます。
双極性障害と生きるということは、波を消すことではなく、波との距離を適切に保ちながら暮らしていくことだと思います。波がきても戻れるし、波が来そうなら調整できる。その感覚を育てていくことで、再発の恐怖は少しずつ、静かに小さくなっていきます。
今日も波はあるけれど、その波の上で私たちは生きています。
恐れすぎなくても大丈夫です。
戻れる力を、あなたはすでに持っています。