双極性感情障害と私の回復ノート

あたらしい朝に向かって、一歩ずつ進む坂道のように。

就労選択支援を“自分のために使う”3つのポイント

こんにちは、「さかみちライフ」です。
頭の中の“ぐるぐる”を整理するために、このブログで日々のことを書いています。
双極性感情障害の当事者として、就労B型に通いながら、社会復帰を目指す日々を送っています。

2025年10月から始まる「就労選択支援」。
名前だけ聞くと少し堅い印象がありますが、
これは“働く前に、自分を整理する時間”を制度として設けたものです。
焦らずに、自分の方向性を見つけるための準備期間。

私自身、もしこの制度がもう少し早くあったら、
もっと冷静に「働く」ということを考えられたのかもしれない――
そう思うことがあります。

では、この制度を“自分のために使う”には、どんな心構えが必要でしょうか。
今日はその3つのポイントを、自分の経験も交えて書いてみます。

① “目的”を人任せにしない

支援者と話していると、「どんな働き方をしたいですか?」と聞かれることがあります。
でもその答えを、相手に委ねてしまうことはありませんか。
「どんな職種がいいか」「どんな環境が合うか」――
それを決めるのは制度ではなく、自分です。

迷っていてもかまいません。
「今はまだわからないけど、こうなれたらいいな」
その一言が、方向性のヒントになります。
就労選択支援は、“正しい答え”を出す時間ではなく、
“自分の軸”を見つける時間なのだと思います。

② 記録を残すことで、自分の“変化”を見える化する

私は就労B型で通所を始めてから、
週に一度、支援者に報告メールを送るようにしています。
そこには体調の変化や作業の気づき、
小さな気持ちの揺れまで正直に書いています。

それを続けていくと、
「以前よりできるようになったこと」や「苦手が減ってきたこと」が、自然と見えてきます。
もし就労選択支援を利用するなら、
この“見える化”の習慣がきっと大きな力になると思います。

③ “合わない”と感じたときも、それは大切な情報

支援を受けていると、
「この人とは合わないかも」「この内容は違う気がする」と思うこともあります。
けれど、それも大事な気づきです。
就労選択支援は「自分に合う支援を探す」ための制度。
合わなかった経験こそが、次の選択の材料になります。

“うまくいかない”を“失敗”ではなく、“方向の調整”ととらえる。
そうすれば、制度を使う時間が、前向きな学びに変わります。

制度は使い方次第で、ただの仕組みにも、
自分を支える“地図”にもなります。
誰かに言われて動くのではなく、
「自分がどう使いたいか」を意識するだけで、
支援の意味はまったく違って見えてくる。

焦らず、比べず、でも立ち止まらず。
就労選択支援という新しい制度が、
多くの人の“再出発の地図”になりますように。

障害者雇用で1年働いて分かったこと

こんにちは、「さかみちライフ」です。
頭の中の“ぐるぐる”を整理するために、このブログで日々のことを書いています。
双極性感情障害の当事者として、就労B型に通いながら、社会復帰を目指す日々を送っています。

障害者雇用で働くとき、
一番大切なのは「病気があるかどうか」ではありません。
むしろ、「その病気とどう付き合っているか」を見られているように感じます。

双極性感情障害には、波があります。
気分が高ぶる時期もあれば、落ち込む時期もある。
それを完全になくすことは難しいです。
けれど、波を知り、自分のリズムをつかむことはできます。
それが“自己管理”の第一歩だと思います。

面接でよく聞かれる質問があります。
「体調を崩したときは、どうしていますか?」
この質問の裏には、「あなたは自分を理解していますか」という意味があるように思います。
病気を否定するのではなく、
“どう対処しているか”を具体的に話せることが大切です。

私自身、以前は「病気がある自分」を隠そうとしていました。
でも今は違います。
病気を知り、向き合うことこそが、社会の中で生きる力になると感じています。
たとえば、体調のサインを早めに察知する。
無理をする前に一日休む。
それだけで、再び立ち上がれるスピードは大きく変わります。

わけあって退職に至りましたが、
この経験を通して「自分の限界を知ること」もまた大切だと学びました。
働き続けることだけが“成功”ではありません。
無理をせず、立ち止まることで次の一歩を考えられる。
それもまた、社会の中で生きていく力だと思います。

障害者雇用は、配慮を受けながら働く制度です。
でも、“守られる場所”というより、“自分を知りながら働く場所”だと思っています。
必要な支援を言葉にできること。
困ったときに相談できること。
そして、仕事を通して少しずつ自信を取り戻すこと。

病気があることは、マイナスではありません。
「どう対処しているか」
「どのように工夫して働いているか」
そこにこそ、社会が求める力があるのだと思います。

就労選択支援という“入口”の支援

こんにちは、「さかみちライフ」です。
頭の中の“ぐるぐる”を整理するために、このブログで日々のことを書いています。
双極性感情障害の当事者として、就労B型に通いながら、社会復帰を目指す日々を送っています。

2025年10月から、新しい福祉サービスとして「就労選択支援」が始まりました。
これは、就労継続支援B型やA型、就労移行支援などを利用する前に、
自分に合った働き方を見つけるための“入口”の支援です。

たとえば――
「働きたいけれど、どのサービスが自分に合うのか分からない」
「一般就労を目指したいけれど、その前に何を整えるべきか整理したい」
そんな人が、専門スタッフと一緒に“自分の就労の方向性”を考える時間を持てる仕組みです。

目的は、利用者が「納得して選べるように」すること。
これまでのように“すすめられたからB型へ”という流れではなく、
「自分がどう生きたいか・どんな形で働きたいか」を自ら選ぶことが重視されています。

期間はおおよそ3か月ほど。
その間にアセスメント(適性評価)や面談を通して、
どのサービスや職場環境が合っているかを見極めていきます。
つまり就労選択支援は、焦らず、自分のペースで次の一歩を考えるための“準備期間”です。

私だったら、この制度を自分を客観的に見つめ直す時間として使いたいと思います。
通所を続けていると、どうしても「慣れ」や「流れ」で動いてしまうことがあります。
けれど、定期的に立ち止まって「自分は今どこに向かっているのか」「この働き方で本当にいいのか」を考える時間は、案外少ないものです。

私はこれまで、支援者への報告メールや日報、そしてこのブログを通して、
“今の自分を見つめ直す作業”を続けてきました。
それは、制度としての「就労選択支援」が始まる前から、
自分なりに小さなアセスメントを積み重ねていたようなものです。

最近では、支援計画書の内容も少しずつ見直しが進み、
「働き方」や「就労意欲」など、より具体的な話し合いが増えてきました。
私はそのたびに、自分の考えを整理するためのメモを作り、
支援者へ報告メールを送っています。
こうした積み重ねが、制度改定後の流れと自然に重なっているのを感じます。

また、私の事業所では、地域との関わりを意識した活動も始まりました。
公共の場での草むしりや、募金活動など――
小さな取り組みですが、「社会とつながる」感覚を少しずつ思い出させてくれます。
パソコンを使う環境はありませんが、私は自宅で報告資料を作成し、
支援者や事業所と共有しています。
それもまた、ひとつの“就労の訓練”だと思っています。

制度という形で、こうした“見つめ直しの時間”が正式に設けられるのは、
とても意義のあることだと思います。
焦らず、でも止まらず。
ひとりひとりが納得して次のステップを選べる社会に、少しずつ近づいている気がします。

同じように迷いながらも進もうとしている方の参考になれば嬉しいです。

“働く”って、社会とつながること。

こんにちは、「さかみちライフ」です。
頭の中の“ぐるぐる”を整理するために、このブログで日々のことを書いています。
双極性感情障害の当事者として、就労B型に通いながら、社会復帰を目指す日々を送っています。

通所をはじめてしばらく経ち、
少しずつ「働く」という感覚が戻ってきた気がします。
作業をして、報告して、休憩して――
ひとつひとつの行動が“仕事のリズム”のようになってきました。

就労B型の作業は、社会の中で直接的な利益を生むわけではありません。
でも、私は最近、それでも十分に“働いている”と思うようになりました。
なぜなら、誰かに評価されるためではなく、
「自分の生活の中にリズムを作ること」こそ、
働くことの第一歩だと感じているからです。

そしてもうひとつ。
働くとは、社会とつながることだと思います。
自分がどこかの場所に所属して、
誰かと関わり、誰かに助けられる。
それができているというだけで、
「社会の一部にいる」と感じられる。

以前の私は、
“職場で結果を出せなければ価値がない”と考えていました。
でも今は、少し違います。
休みながら、ゆっくりでも、
自分のペースで社会と関われていること。
それ自体が、立派な「働く」という形なのだと思えるようになりました。

いつかまた、一般就労の形で働ける日が来るかもしれません。
そのとき、自分に誇れるのは、
“焦らず、投げ出さず、少しずつ続けた時間”だと思います。

小さな一歩が、つながっていく。――募金活動で感じたこと。

こんにちは、「さかみちライフ」です。
頭の中の“ぐるぐる”を整理するために、このブログで日々のことを書いています。
双極性感情障害の当事者として、就労B型に通いながら、社会復帰を目指す日々を送っています。

先日、事業所の活動の一環で、地域の募金活動に参加しました。
外での作業は久しぶりで、少し緊張もありましたが、
通り過ぎる人たちが「ご苦労さま」と声をかけてくれたり、
小さな子どもがお母さんと一緒に募金箱にお金を入れてくれたり――
その一瞬一瞬が、心に残りました。

作業場の中では見えない“社会との距離”が、
ほんの少しだけ近づいたように感じたのです。
寒い日だったけれど、不思議と温かい気持ちがありました。

活動を通して改めて思ったのは、
「地域との関わり」は、立派なことをすることではなく、
“自分が社会の一部である”と実感できる場を持つことなんだということ。
それは、働くことともどこか似ています。

私はこれまで、
「働く=会社に行く」「支援を受ける=通所する」
というふうに分けて考えていました。
でも、こうした地域活動に参加すると、
“社会に関わる”という意味ではどちらも同じ線上にあるのだと思えます。

制度がどう変わっても、
一人ひとりが何かしらの形で関わりを持てること――
それが本当の支援であり、社会参加なのかもしれません。

まだ大きなことはできないけれど、
こうした小さな一歩が、
少しずつ自分の中で「前に進む力」になっていく気がします。

[就労B]通所が、“生活”になってきた。

こんにちは、「さかみちライフ」です。
頭の中の“ぐるぐる”を整理するために、このブログで日々のことを書いています。
双極性感情障害の当事者として、就労B型に通いながら、社会復帰を目指す日々を送っています。

最初のころは、通所するだけで精一杯だった。
朝起きること、準備をすること、外に出ること。
それだけで一日の体力の半分を使い切っていた。

通所を始めたばかりの頃、
「生活のリズムを整える」という言葉の意味が
正直、よくわからなかった。
でも、毎週通ううちに少しずつ感じるようになった。
“通うこと”そのものが、リズムをつくっていくのだと。

朝、決まった時間に起きる。
コーヒーを飲み、天気を見て服を選ぶ。
出発の準備をして、外の空気を吸う。
その一連の流れが、“生きている感覚”を少しずつ取り戻させてくれる。

もちろん、体調が安定しているわけではない。
前の日の疲れが残って、動きたくない朝もある。
それでも、「とりあえず行ってみよう」と思えるようになったのは、
この場所が“無理をしなくてもいい場所”だと感じられるからだと思う。

支援者へ送る週報メールを書くことも、
私の生活の一部になってきた。
一週間の体調や作業の様子を振り返りながら、
「今週もよくやったな」と思える瞬間がある。
その積み重ねが、少しずつ自信に変わっていく。

“通う”というより、“暮らす”に近い。
働くための準備というより、
生きるリズムをつくるための訓練なのかもしれない。

焦らなくていい。
比べなくていい。
ただ、今日も行けたという事実が、
明日への小さな勇気になる。

働くこと、生きること――社会参加のリアル

双極性感情障害の当事者として、日々の波と向き合いながら生きています。
このブログでは、双極性感情障害を「医学」だけでなく、「社会」「暮らし」「心の実感」という視点から語っていきます。
同じように揺れながら生きる方へ、少しでも安心と気づきを届けられたら嬉しいです。


働くということは、ただ収入を得るだけではありません。
社会の中に自分の居場所を見つける行為であり、生活のリズムをつくり、誰かとつながることでもあります。
双極性感情障害を抱えて働くということは、そのすべてを「体調の波」と一緒に受け止めながら進むことでもあります。

私は今、就労B型事業所に通っています。
数年前の私は「働く」という言葉を聞くだけで肩に力が入り、呼吸が浅くなっていました。仕事のプレッシャー、評価されることへの恐れ、そして波によって突然崩れてしまう日々。
“働く=壊れる”というイメージが頭から離れず、社会に戻ることはもう難しいのではないかと思っていました。

けれども、就労Bに来て初めて「回復しながら働く」という選択肢を知りました。
ここでは、体調を隠す必要はなく、無理をして“普通”を装う必要もありません。
支援員の方との面談や小さな作業を通して、「働くペース」というものをもう一度、自分の手に取り戻す感覚がありました。

ある日、支援員の方がこう言ってくれました。
「働くことは、あなた自身の速度で進んで大丈夫ですよ」
その言葉は、長く閉じていた心の扉に、小さな光を通してくれたようでした。
“みんなと同じペース”ではなく、“自分のペース”で働いていい。それは、双極性の波を抱えて生きる私にとって、救いのような気づきでした。

就労Bでは、簡単な作業が中心です。
以前のような責任の重い仕事ではないけれど、その分、ひとつひとつの作業に丁寧に向き合える時間があります。
体調の波が大きい日は、作業量も調整してもらえます。逆に調子が良い日は、少しだけ作業を増やすこともできます。
“働く=無理をする”ではなく、“働く=整える”という形に変わっていくのを感じました。

もちろん、良いことばかりではありません。
通所できない日もあるし、突然気分が落ちてしまい、支援員の方にうまく説明できない日もあります。
「働きたい気持ち」と「波に揺さぶられる心」が噛み合わず、涙が出そうになる日だってあります。
それでも、こうして週に数日でも通えていること自体が、私にとっては大きな前進です。

働くことの裏側には、体調の管理、薬の副作用、睡眠リズムの調整、気力の確保――
多くの準備と努力があります。
目に見えない部分で必死に踏ん張っている当事者は、決して少なくありません。

社会参加とは、「社会に役立つ人間になる」という意味ではなく、
「社会とゆるやかにつながり続ける」ということだと思います。
その形は人それぞれで、週5日働ける人もいれば、週1日が限界の人もいる。
一見すると差があるように見えるけれど、どちらも“社会に参加している”という意味では同じです。

私自身、「働くことへの不安」はまだ完全には消えていません。
けれども、就労Bでの時間を積み重ねるうちに、“働けなかった自分”を責める気持ちは少しずつ薄れていきました。
それは、社会に復帰するための階段を、一段一段ゆっくり上がっている感覚に似ています。
焦れば転び、立ち止まれば休める。そんな階段です。

働くことは、生きることの一部です。
でも、生きるためには「働くだけ」がすべてではありません。
体調を整え、心の波を知り、自分に合った働き方を模索する――
それもまた、“社会参加のリアル”なのだと思います。

私はこれからも、無理のない範囲で働き続けたいです。
誰かと関わり、誰かに支えられ、自分のペースで歩いていくその先に、
いつか再び「働くことが楽しい」と思える未来があればいい。
そんなふうに、静かに願っています。